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ヒップホップ(音楽)
音楽・ダンス

ヒップホップ(音楽)はどこから来たの?

ヒップホップは、ニューヨーク市のブロンクスから来ました。最もよく知られた誕生日は1973年8月11日。この日、18歳のDJクール・ハークが、セジウィック・アベニュー1520番地にあるアパートの娯楽室で開かれた新学期前のパーティーで、レコードをかけたのです。

新学期の服を買うためのパーティー

16歳のシンディ・キャンベルは、学校が始まる前に新しい服を買うお金がほしいと思っていました。彼女は西ブロンクスのセジウィック・アベニュー1520番地にある自分の住む建物の集会室を借り、女の子から25セント、男の子から50セントを取り、18歳の兄クライヴにレコードをかけてくれるよう頼みました。DJクール・ハークとして知られるクライヴ・キャンベルは、1967年、13歳のときにジャマイカからブロンクスに移ってきました。ジャマイカでは、地元のダンスパーティーのサウンドシステムや、音楽に乗せてDJが語る「トースティング」を耳にしていました。

ブレイクを引き延ばす

ハークはジェームス・ブラウンの「Give It Up or Turnit a Loose」のようなハードなファンクをかけ、ダンサーがいちばん盛り上がるのは、ドラムが中心の短い間奏「ブレイク」だと気づきました。彼はターンテーブル2台と同じレコード2枚を使い、片方でブレイクを流している間に、もう片方をブレイクの頭まで戻して準備し、数秒の部分を長いループに変えたのです。彼はダンサーたちをBボーイ、Bガールと呼び、友人のコーク・ラ・ロックはビートに乗せて韻を踏んだ言葉を語りました。ラップの初期の形です。

ひと部屋から世界へ

ヒップホップは一夜にして生まれたわけではありません。このジャンルは1970年代を通じていくつもの場所で育ち、セジウィック・アベニュー1520番地は、その決定的な瞬間の一つの舞台としてたたえられています。ハークのスタイルは、アフリカ・バンバータやグランドマスター・フラッシュといったDJたちにすぐに取り入れられ、5年もたたないうちにブロンクス全体、さらにほかの区へと広がりました。2007年、ニューヨーク州はこの建物を「ヒップホップ発祥の地」と認め、2023年にはハークがロックの殿堂入りを果たしました。

出典:en.wikipedia.org › 1520 Sedgwick Avenue ↗ · en.wikipedia.org › DJ Kool Herc ↗ · npr.org ↗

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